英語学習はいつ間違えたのか

日本の文法を基盤とする英語学習は間違っています。

 

我々も日本語を、そして英語のネイティブも文法を基盤して習得しておりません。脳は一生成長する器官ですから、子供と大人の学習方法が違うと言う説明も間違っています。

それでは日本人はどこで外国語の学習方法を間違えたのでしょうか。

英語が高校や大学の入試に使われ、知識や文法基盤の教育となっているからでしょうか。

明治の文明開化でしょうか。しかし、この外国語習得の間違いは、明治や戦後に急に始まったものではなくもっともっとずっと前の事です。

1.日本語の文字

日本の外国語学習は漢文から始まっています。平安時代以前は日本語に文字はありませんでした。そのため中国語を使っていました。

最初は中国をそのまま使っていましたが、それは大変なのでそれを日本語風に読むようになりました。

そして漢字から「ひらがな&カタカナ」が生まれたからです。順序としては、まずカタカナが漢字の一部から作られました。

特に有名なのが万葉仮名であり、漢字を取り入れて日本的な書き方の基本が完成しました。

その後、平安時代には日本語に漢字と仮名を使う、日本語の文字言語が確立したのです。

言ってみれば、日本人は日本独自の文字文化を作り出す事はできませんでした。

この日本では漢文を最初に使っていた事が、日本語の外国語学習の間違いを引き起こす事になりました。

2.漢文の訓読

英語の”Thank you.”が「ありがとう」の意味になるのは文法を基盤にした一語一訳ではありません。「ありがとう」全体で”Thank you.”の意味があります。Thankに対応する日本語はありません。

言語はそれぞれの表現全体で意味を持っているので、単語毎に解釈するのではなく、その表現全体で理解しなければなりません。

しかし、和文英訳や英文和訳では文法を基盤に一語ずつ訳しております。この一語一訳の間違いは千数百年前に、漢文を取り入れた時に始まっています。

我々が中国語を理解する時には、最初は中国風に読んでいました。それでは意味が理解できないので、漢字を日本語的に読む漢文訓読となりました。

漢文を日本的に読むために、それぞれの漢字に訓読みと意味を持たせる必要がありました。

 

英語の“You can say that again.”は、「全くその通りだ」という意味で、相手の発言に強く同意するときに使うカジュアルな英語表現です。

一語一訳で訳すると「もう一回言っていいよ。」という意味になり、「全くその通りだ」の意味にはなりません。

このように表現全体の意味を理解して覚えないと、一語一訳では「全くその通りだ」と言いたい時には“You can say that again.”は絶対に出てきません。

また相手にもう一度言うように訪ねているわけではなく、イディオムとして「まったくその通りだ」という意味になります。の漢字に意味と持たせて、その意味を表現しなければならなかったのです。

3.漢文訓読的蘭語解読法

英語時代となり蘭学を学ぶ時も、漢文訓読的蘭語解読法となりました。それは蘭学と漢文を同じように学ぼうとしました。蘭学の単語と漢字を同じよう扱ったのです。

 

それぞれの単語を訳して、その意味を全体的に日本語で理解できるように書き替えたのです。

そして江戸の末期には、その蘭学の師範達が真っ先に英語を学び、漢文訓読的な解釈がなされました。

蘭学は日本人が最初に学んだのですが、外国を学ぶと言う意味では最初ではありません。日本人は漢文を学んでいたからです。

幕末・明治期にヨーロッパの文化が大量に日本に伝わる中で、ヨーロッパの諸言語で書かれた書物の翻訳が行われました。また,同時に,外国語の教育や学習も盛んに行われるようになりました。特に,明治期以降は現在に至るまで、英語の教育や学習が盛んに行われるようになります。

特に,英語教育・学習の場において英語を訓読する学習が行われていました。その訓読がどのように行われていたのかということは、ほとんどが漢文の訓読と同じです。

 

 

4.ジョン万次郎の英会話本

ジョン万次郎の英会話は日本における最初の英会話の本になります。

ジョン万次郎は『英米対話捷径』(1859年、安政6年)という英会話の入門書を書いています。この本は早稲田大学の図書館などにあることが知られています。

最近『ジョン万次郎の英会話』(Jリサーチ、2010) という本が出版されて、そのなかに『英米対話捷径』が載録されているので誰でも簡単に閲覧できるようになりました。

「捷径」とは「早道」というような意味です。

当時西洋のことばといえばオランダ語しか知らなかった日本人にとって、はじめての英会話入門書でした。万延元年に咸臨丸でアメリカへ渡った人々もこの本で英会話を勉強したという歴史的な会話本です。『英米対話捷径』では返り点やレ点を使って、英語を漢文の読み下しのように説明しています。

万次郎の英会話の本も英語の単語を漢字の文字と同様に扱っており、レ点や1.2.点を使い、漢文と同じような一語一訳的な解釈をしています。

You     may  say   what      you   please.
ユー マイ  セイ フッチ ユー  プリージ
あなた べし いう 何にても あなたの こころにあることを

Good    day,  Sir.
グーリ  デイ シャー
善き    日でござる

How    do       you       do,  Sir.
ハヲ   ヅウ  ユー   ヅー シャー
いかが ごきげん  あなたさま ようござるか

ジョン万次郎は英語も文法構造を入れ替えることによって日本語に変換できる、と考えたていたようです。

しかし、ジョン万次郎の翻訳はかなり巧妙にできているといえます。日本語表現にはないwhatなども「何にても」とはよく訳してあります。また、Good day, Sir.のSirは訳さないで、そこに含まれる相手への尊敬の気持ちを「ござる」で表していることなども、かなりの工夫が感じられます。

しかし、Good day, Sirは「・・・でござる」と訳してHow do you do, Sirを「ござるか」と疑問形に訳すためには、語頭のHowとの関係を考えなければ不可能になります。

もし、日本語と英語、あるいは日本語と中国語が語順だけを入れ替えれば変換でくるものであるとすれば、コンピューター翻訳などはもっと早く実現していた事になります。

コンピューターによる翻訳を可能にする ためにはmay say「べし いう」、say,,,please「いう こころにあることを」などのレ点や返り点をどのような場合につけるかを、それぞれの単語にそくしてコンピューターに記憶させなければならなりません。

Howは「いかが・・・ござるか」となるのでしょうか。How do you do, Sir.では、はじめのdoは「ごきげん」とし、次のdoは「ござる」となるのでしょうか。これはかなり困難な作業です。

4.1.単語と日本語の置き換え

とにかく、ジョン万次郎は英語の構造をとらえ、日本語の構造と比較してそれを転換しようと試みています。

ジョン万次郎は、英語を日本語の語順に変換しているばかりでなく、発音もみごとに日本語式に変換しています。

I   am   sorry  to  hear   that    your    Grandfather     is    sick.
アイ アム ソレ ツ ヘヤ ザヤタ ユーア グランダフワザ イジ セッキ
わたくしは きのどくにおもふ ことを きく その あなたが 祖父の あると やまひで

単語には次のような仮名が振られています。

that(ザヤタ)、Grandfather(グランダフワザ)、Father(フワザ)、thing(センキ)、
than(ザン)、this(ゼシ)、morning(モーネン)、think(センカ)、rather(ラザ)、

これは辞書もなく発音の規範を示すものも何もなかった時代の発音である。Thing(センキ)、think(センカ)では-ngと-kの区別がつかなくなってしまいます。

かといってthing(セン)、としたのではthin(セン)と区別がつかなくなってしまいます。日本人はジョン万次郎から150年たっても-ngの音を発音することができないのです。

 

そればかりか、日本語が千数百年前に接触した外国語である中国語にも-ngの発音があったにもかかわらず、日本語の音韻体系には-ngは定着していません。中国語の香港Hong Kongはいまだに「ホンコン」と呼んでいます。

 

現代のように辞書もあり、学校教育で英語が教えられている時代になっても英語のth-の発音がままならないのはジョン万次郎の時代とほとんど変わりません。英語の語尾の-ngについてはthing(センキ)ではカ行になり、morning(モーネン)では脱落しています。

他には次のような例もあります。

Are       you      coming?
アー     ユー   カメン
あるか  あなた  来られるで

I      am    going.
アイ    アム ゴイン
わたくし こと 行くところなり

 

日本人にとって語尾の-ngの発音が不得意なことは今も昔も変わりません。むしろ東京方言などでは鼻濁音の-ngが失われてgになる傾向がみられるので、英語の-ngの発音はますますむずかしくなっています。日本語では語頭では濁音の[g-]で発音し、語中・語尾では鼻濁音の[ng-]で 発音するのが正しいとされています。

昔はアナウンサーなどで音学学校を「オンカ゜ク ガッコウ」などと書いて鼻濁音の「カ゜」と濁音の「ガ」を区別していました。

しかし、現在では鼻濁音が残っているのは東北地方など一部の地域だけになってしまいました。このためアナウンサーの試験でも濁音と鼻濁音の区別は重視されなくなってきているそうです。

4.2.音声の仮名表記の問題

『英米対話捷径』で、もうひとつ注意しておきたいのは最初にあげた例文にあるGood day, Sir.(グーリ デイ シャー)である。誤植ではないかと思いほかの例を調べてみるとbed(ベーリ)、bad(ヘーリ)、hard(ハーリ)など英語の語尾のdが「リ」で表記されている例があります。日本語の音節はいわゆる開音節であり、母音で終わるのが特徴です。

Goodはいまでもguddoなどと母音をつけて発音する人が多いのです。また「それはグーだよね」などといっても意味は通じます。しかし、我々はgoodとい文字の規範を知っているし、学校ではdを落とすと英語の試験では満点がもらえないことも知っています。

ジョン万次郎はどうでしょうか。

脱落した例:cold(コール)、changed(チャインジ)、dead(ダイ)、eight(エイ)、hold(ホール)、hundred(ハンヅレ)、night(ナイ)、thousand(サウシン)、unsettled(アンセツル)、

両方ある例:and(アン・アンデ)、but(ハッ・バッタ)、must(マスー・マスト)、
リに転移した例:bad(ヘーリ)、bed(ベーリ)、good(グーリ)、hard(ハーリ)、should (シーリ)、

 

これは表記の混乱ではなく、聞いた音をそのまま表記した結果なのです。

韻尾のdが日本語で「リ」に転移したのも、聴覚に忠実に表記したものです。日本語のタ行、ダ行、ラ行、英語でいえば-t・-d・-lはいずれも調音の位置が同じであり、いずれも歯茎の裏のあたりで調音されます。調音の位置の同じ音は転移しやすくなります。

語尾の-t・-dは脱落することもあるので、次のような例もみられます。
It is a moon light night.
イータ イシ エイ ムーン ライト ナイ

現在の英語教育を受けて辞書と教科書を使って習った人の目からすると、ジョン万次郎の英語はあれで本当に通じたのか、と思われるかもしれません。しかし、It is a moon light night.(イット イズ ア ムーンライト ナイト)もジョン万次郎の英語より通じるとは限りません。

英語のIt is a moon light night.は六音節である。ジョン万次郎の英語は十五音節で表記されています。それに対して現代の日本語英語も十五音節であり、音節のとらえかたはジョン万次郎の時代も今もそう変わりはないのです。

つまり、ジョン万次郎の英語も、現代の日本式英語の発音も現地の英語の発音からかなり離れているという点では同じようなものです。

5.脳は言語をどう習得するか

外国語を学ぶ時に我々は中国語やオランダ語や英語からどう学ぶかを考えてしまいます。するとどうしても単語をどうするとか、文法をどうするとか、部分的な事に目が向いてしまいます。

脳が言語を習得するのですから、脳はどうやって言葉を学んでいるかを理解する必要があります。

すると我々が日本語を習得した経験は非常に参考になります。

日本語を覚えた時には文法とか単語にはあまり注意をしていないと思います。言葉は1才くらいで学ぶ訳ですから文法とか単語なども理解できません。

すると全体的に覚えて、それがだんだん細分化されていった事が分かります。つまり言語を学ぶのはトップダウンの学び方なのです。

脳は一生成長する器官ですから、その言語の習得方法は大人になっても変わる事はありません。

シニア英会話では脳がどう英語を学習するかを大事にして、英語学習を進めています。

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